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「最初で最後の大原画展―IKKI TO THE NEXT STAGE!!―」レポート

「才能の孵卵器」月刊IKKIの成し遂げたこと

大原画展の会場には、創刊から最近までの雑誌がずらりとならんだ

大原画展の会場には、創刊から最近までの雑誌がずらりとならんだ


夏休みも終わりに近づいた8月24日、秋田県横手市の増田まんが美術館で「最初で最後の大原画展―IKKI TO THE NEXT STAGE!!―」に関連し、トークイベント「IKKI史を語ろう」が開催された。原画展に関連した4度目のトーク&サイン会で、月刊IKKI編集部のメンバーのほか、マンガ家の日本橋ヨヲコ先生やオノ・ナツメ先生が登壇した。

最初で最後の大文化祭、開催

「最初で最後の大原画展―IKKI TO THE NEXT STAGE!!―」は、IKKIの休刊前に開催となった原画展。50作品900枚の原画でIKKIの創刊から現在までを振り返るもの。 会場になった「増田まんが美術館」は『釣りキチ三平』などを手がけた横手市出身のマンガ家、矢口高雄先生に関する常設展を持つ。「月刊IKKI」との縁は、2013年に「魂の道程―土田世紀回顧展」を手がけたことだ。休刊前にぜひ原画展をやりたいと美術館側から編集部に持ちかけて実現した。

900枚の原画は「ここまで来てよかった!」を感じさせるボリューム

900枚の原画は「ここまで来てよかった!」を感じさせるボリューム

 

なんと幻の「誌名緊急公募企画」があったとは

なんと幻の「誌名緊急公募企画」があったとは


入ってすぐに来場者を迎えるのは、ボツになった「雑誌名公募企画」の告知だ。雑誌名は通常、編集部内で決めることが多いもの。創刊から今まで、「編集長の一日書店店長」など様々なユニーク企画で読者を楽しませてきたIKKIだが、雑誌名まで公募しようとしていたのには驚きだ。

当時編集部では、雑誌名を公募しようとする案があったもよう。連載陣の名前が表紙に並ぶが、その後表紙を飾るようなキャラクターはまだいなかったのだろう。エッジの効いたイラストが表紙に使われている。

表紙のデザインは「祖父江慎+コズフィッシュ」。「IKKI」という言葉に様々な意味がこめられていたことがわかる。

表紙のデザインは「祖父江慎+コズフィッシュ」。「IKKI」という言葉に様々な意味がこめられていたことがわかる。

 

会場を飾る垂れ幕。キャッチフレーズからも、新しいことに取り組もうとする姿勢がうかがえる。

会場を飾る垂れ幕。キャッチフレーズからも、新しいことに取り組もうとする姿勢がうかがえる。


そもそもIKKIには、どんな作品が掲載されていたのだろうか。美術館は、創刊から最新号までの全雑誌を調べ、一覧の年表にまとめてくれた。

創刊直後の2001年、すでに日本橋先生の名前が

いつどの作品が始まり終わったのかが一覧に


創刊から今まで続いているのはどの作品か、あの有名な作品はいつ始まったのか――毎月雑誌を読んでいるだけではなかなかわからない全体像がまとまっていた。同じ年に掲載されていたのはどの作品なのか、いつまで連載が続いたのかを確認するため、年表の前を何度も行ったりきたりすることになった。
年表の一番下に書かれていたのは、江上英樹編集長の「思い出ホロホロ」。創刊の感動から、黒字化の達成、そして東日本大震災の衝撃と、江上編集長がその時々で感じたことを一言でまとめてある。ちなみにIKKIが単年度黒字化を達成したのは、2006年とのこと。改めてマンガ雑誌の黒字化の難しさを実感した。

創刊直後の2001年、すでに日本橋先生の名前が

創刊直後の2001年、すでに日本橋先生の名前が

 

松本大洋に始まり、松本大洋で終わる

展示は基本的に、各原画に作品解説や担当編集のコメントが添えられた形で構成されていた。入り口から順番にみていくと、創刊時から最新の挑戦的作品までを振り返る旅ができた。

まずは松本大洋先生の『ナンバー吾』からスタート。カラー原画の色使い、絵を構成する線の流れにうっとりする

まずは松本大洋先生の『ナンバー吾』からスタート。カラー原画の色使い、絵を構成する線の流れにうっとりする

 

会場の壁ほぼ全面に「これでもか」と原画類が並ぶぜいたくさ

会場の壁ほぼ全面に「これでもか」と原画類が並ぶぜいたくさ


日本橋ヨヲコ先生は、早くから手描きとデジタル機器を使った作画を組み合わせていたため、全部が手描きの原画は貴重だ。単行本のカラーイラストと一緒に展示されていたのは、主要人物である堺田町蔵と長谷川鉄男の出会いを描いたシーン。「扉が開かれた」シーンを目の当たりにすることでタイトルの意味がやっとわかり、涙が出てきた。

オノ先生の連載中の作品『ふたがしら』。一部カラーがうれしい。『さらい屋五葉』と比べると微妙に絵柄が違うことに気がつく

オノ先生の連載中の作品『ふたがしら』。一部カラーがうれしい。『さらい屋五葉』と比べると微妙に絵柄が違うことに気がつく

 

岩岡ヒサエ先生の『土星マンション』。隣には短編作品『クマと健太の楽しい苦行』の展示もあり、作風の違いを楽しめた

岩岡ヒサエ先生の『土星マンション』。隣には短編作品『クマと健太の楽しい苦行』の展示もあり、作風の違いを楽しめた


どの話の原画を展示するかは、作品によって違っていた。多くはまるごと第1話などを展示していたが、1話読みきり型の作品では、作品を象徴するようなエピソードを展示しており、より作品に対する深い理解につながったと思う。
例えば『すみれファンファーレ』が取り上げたのは、主人公のすみれが離婚して遠くに暮らしている父親に会いに行くエピソード。『すみれファンファーレ』の作品の中でも、大人の姿がよく描かれている話でもある。担当編集のコメントにもあったように、同作品が単なる子どもの姿を描いた作品ではなく、同時に子どもの目から見た大人の姿も鋭く描いたものであることを象徴している。
同じく『金魚屋古書店』が取り上げたのは、主要キャラクターの一人が大型書店でアルバイトをする話。毎日多くの新刊が発売され新刊書店に並ぶ様子が「川」に例えられ、大型書店と中小書店の配本の違い、その中での古書店の意味など現在のマンガ出版・販売の現状を暖かい目で鋭く捉えたエピソードだと思う。原画展で並ぶ作品の中にはすでに新刊書店では手に入れるのが難しいものも少なくない。IKKI発の作品がどこに流れていくのか、どこで読者と出会うのかを思いながら読むと、感慨深いものがあった。

展示の最後を飾った松本大洋先生の『Sunny』。『ナンバー吾』に比べより線がやわらかくなっているように思えた

展示の最後を飾った松本大洋先生の『Sunny』。『ナンバー吾』に比べより線がやわらかくなっているように思えた

 

あらゆる画風・テーマを受け入れ

奇しくも展示は、松本大洋先生の『ナンバー吾』で始まり、同じく松本先生の『Sunny』で終わっていた。もちろん創刊時からいままで、ずっと「IKKI」が松本先生一色だったわけではない。
多くの主な連載作家の原画が並ぶことで見えてくるのは、絵柄の雰囲気や描くテーマのふれ幅の広さだ。同じ人間の顔が描かれたときでも、松本大洋岩岡ヒサエ、さらには、『放課後のカリスマ』のスエカネクミコ各先生では、顔の形、目の表情、体の大きさとどれをとっても千差万別――こんな当たり前のことを、改めて実感させてくれた。

「IKKI COMIX」の表紙を見ているだけでその多様さがわかる

IKKI COMIX」の表紙を見ているだけでその多様さがわかる


年表や単行本をみていると、原一雄先生の『のらみみ』、ビブオ先生の『シャンハイチャーリー』など「これもIKKIだったのか」と思う作品があった。あえて雑誌に色を付けず、様々な作風の漫画を受け入れ、才能をはぐくんできた器だったのだ。

トークイベントは24日午後に開催された。当日、開場前から待ちきれないファンが列をなした。秋田県大曲市など地元ファンだけでなく、夏休みを使って東京など遠方からきた人も多かったようだ。観光を兼ねてなのか、家族連れの人もいた。

全国から集まった人々が今か今かと開始を待ちわびる

全国から集まった人々が今か今かと開始を待ちわびる


IKKIは2000年11月、「週刊ビッグコミックスピリッツ」の増刊号として創刊された。「コミックは未だ黎明期である。」というスローガンをかかげ、新人発掘のほか、ベテラン勢のエッジの効いた短編を掲載した。
当時、多くのマンガ雑誌が「少年」「少女」「青年」「子ども」などターゲット読者を性別や年齢でカテゴライズしていたなか、徐々にその枠を取り払った雑誌が登場し、IKKIもそのひとつだった。そして2014年9月発売の11月号で14年間の歴史に幕を下ろす。

日本橋先生、オノ先生のほか、IKKI編集部のメンバーも登壇。奥から江上英樹編集長、湯浅生史編集長代理、豊田夢太郎担当編集

日本橋先生、オノ先生のほか、IKKI編集部のメンバーも登壇。奥から江上英樹編集長、湯浅生史編集長代理、豊田夢太郎担当編集


立ち上げから今まで編集長を務めたのが、江上英樹編集長。創刊の狙いを「社内のほかの編集部にいた若手編集者に自分が面白いと思う作品を作れる場所を提供したかった」と話した。
創刊時のIKKI編集部メンバーは、ほかの雑誌の編集部からのやりたいと手を上げた編集者たちだ。日本橋先生をIKKIの創刊メンバーに加えた編集者もその1人だった。

原画展で展示されていた創刊号

原画展で展示されていた創刊号

 

G戦場ヘヴンズドア」誕生秘話

日本橋先生は2000~03年、「マンガ家マンガ」の名作のひとつ『G戦場ヘヴンズドア』を連載した。

――豊田 どのように声をかけられたのでしょうか
――日本橋 前作(『極東学園天国』)を読んだ編集さんから誘われて。前作が別の出版社で打ち切りになり、次だめならマンガ家をやめようと思っていました。次は別の出版社で描こうと思っていたところ、励ましてくれたのがその編集さんだったんです。作品を好きでいてくれた期間が長かったので、賭けてみようかなって

日本橋先生が連載にあたって選んだテーマは、マンガ家マンガ。結果として生まれた『G戦場ヘヴンズドア』は今でもこの作品を読んでマンガ家を目指す人がいるほどの不朽の名作。「これを読んでIKKIに持ち込みに来た若い人も多い」(豊田さん)。日本橋先生本人としても、ラストチャンスという意気込みとともに、創刊メンバーとして雑誌を支えるという意識も強かったそうだ。

――日本橋 『G戦場ヘヴンズドア』はアンケート結果もよく、読者に受け入れられたと思うと、安心して描けるようになりました。最初の成功体験をもらえたのが、IKKI。今『少女ファイト』が描けるのも『G戦場ヘヴンズドア』があったからです

オノ先生、短編から雑誌を支える連載執筆へ

オノ先生は、2005年からIKKIで短編作品を発表し始めた。
2006年満を持して『さらい屋五葉』の連載をスタート。読者にとってはこの作品で“オノ・ナツメ=時代物”とのイメージが強くなったかもしれない。だが実は当初“舞台は江戸時代か現代イタリア”かで迷ったという。担当編集者と相談のうえ、舞台を江戸に決めた。これについて、江上編集長はどう思ったのだろうか?

――豊田 当時としては、唐突に時代物が出てきましたが、どう思いましたか?
――江上 新しいほうがおもしろいじゃんという感じ。反対した覚えはなかったですね

この江上編集長の感覚が、最初から最後まで「IKKIっぽさ」を決めることになる。

江上英樹編集長という存在

IKKIっぽさ」は、創刊からいままで編集長を務めてきた江上英樹編集長の感覚によるところが大きい。マンガ雑誌で10年以上同じ人が編集長を務めるというのは、少なくとも小学館内では珍しいことだという。マンガ家たちは、そんな江上編集長をどうみているのだろうか。

――日本橋 すごく勘がいいと思います。「絶対こうじゃなきゃ」というのがなくて、「いいじゃない」と言えるのは、すごいこと。インスピレーションで「いい」というのは大切なんですよね。
――江上 少し泣いていいですか(笑)

多くのマンガ家をひき付けたIKKIとは結局何だったのだろうか。それは、江上編集長の「いいじゃん」というフラットな姿勢で、数々の才能が発表される場を作ったことではないだろうか。

14年間のうち後半は、アニメになる作品も出てきた。オノ先生の『さらい屋五葉』もそのひとつ。「アニメ化→単行本が売れる」というのは雑誌にとって有効なマネタイズのひとつ。だが、IKKIを支えてきた編集部には、それだけでは不十分という意識があるようだ。

―江上 今「マネタイズ」を合い言葉に、(どのように収益を維持するかを)シビアに考え始めています。映像化されてもメリットがない場合もあるのに、そういう路線を目指しがち。雑誌から単行本、映像という展開を支えにして黒字化するのは難しくなってきています。出版社も編集部も変わらざるをえないです。

「大往生」と言ってもらえる雑誌、IKKI

IKKI編集部の豊田さんは休刊の理由について「ほかにIKKIっぽいライバルが増え、負けたのでは?」と指摘したが、日本橋先生はこれに反論した。

――日本橋 IKKIは大往生だと思ってて、むしろ好き勝手にやって、よくもったな、と。こんなに自由な雑誌はなくて、逆にちゃんとしないと、と思わされました。「これはやらない」とか自分でルールを設定しないといけなかったですね

休刊にあたり、IKKIは7月25日発売の9月号で、連載中の作品がそれぞれどうなるのかを明らかにした。一部作品は小学館の別の雑誌で連載が続き、加筆のうえ単行本が発売されるものも多い。単行本「IKKI COMIX」の発売も当面は続くという。

江上編集長はトークの最後、「IKKIがトリガーになって飛び出した何か。それは確実に存在します。それをもっと面白いものにむかわせるようにすることは約束したい」と話した。この言葉の通り、これからの各編集者に期待したい。

同人誌即売会コミティア」での出張漫画編集部、編集長の1日書店店長就任――編集だけでなく販売でも様々な仕掛けをしてきた「月刊IKKI」編集部。トーク&サイン会とあわせ、その最後にふさわしい最初で最後の文化祭だった。

[取材・文=bookish(マンガナイト)]


▼今後IKKI関連企画
えすとえむ×青野春秋×江上英樹トークショー~それでも「コミックは未だ黎明期である」のか?~
http://www.kyotomm.jp/event/evt/ikki20140913.php
日時:2014年9月13日(土)午後1時~3時
会場:京都国際マンガミュージアム

IKKI TO THE NEXT STAGE!! 北九州編」
http://www.ktqmm.jp/kikaku_info/5609
日時:2014年9月6日(土)~9月28日(日)
会場:北九州市漫画ミュージアム

▼関連リンク
IKKI公式サイト http://www.ikki-para.com/